人事異動を拒否することはできる?拒否できるケースと交渉の仕方を解説します

人事異動を伝えられたけど、「今の職場で働きたい」「両親の介護があるので異動したくない」などの理由で人事異動を拒否したい人もいるのではないでしょうか。

人事異動は原則拒否できませんが、拒否できるケースもあります。本記事で人事異動を拒否できる6つのケースを紹介しますので、参考にしてください。

また、人事異動を拒否するときの交渉の仕方も解説していますので、併せてご確認ください。

本記事の結論
・人事異動は原則拒否できないが、内示段階であれば交渉の余地がある
・「やむを得ない事業」や「不当な人事異動」などは拒否できる
・交渉するときは本当に人事異動の必要性があるか説明を求める

人事異動は拒否できるのか?

人事異動は拒否できるのか、以下の2つについて解説します。

  • 人事異動は原則拒否できない
  • 内示段階であれば交渉次第で拒否できる

人事異動は原則拒否できない

冒頭でも説明しましたが、人事異動は原則拒否できません。一般的に会社は就業規則で人事異動に関する規定を定めています。例えば「労働者は正当な理由がない場合、人事異動を拒むことができない」といった内容です。

厚生労働省が公表している「モデル就業規則(令和5年7月版 )」には、以下のように記載されています。

会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する
業務の変更を命ずることがある。
2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させること
がある。
3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。

引用元:モデル就業規則 – 厚生労働省

また、人事異動に従っている従業員と公平さを保つために、拒否を認めないケースがほとんどです。例外的に拒否できるケースについては、後ほど紹介します。

内示段階であれば交渉次第で拒否できる

内示段階であれば正式に命令を下されていないため、交渉次第で拒否できることもあります。一般的な会社は、人事異動の命令を下す前に内示や打診といった形で、労働者に異動を伝えるケースが多いです。

単に異動したくない、といった理由では聞き入れてもらえません。しかし、「両親の介護」や「自身の体調」、「育児」などを理由に交渉すれば拒否できる可能性があります。

人事異動は拒否できる6つのケース

人事異動は条件次第で拒否することが可能です。例えば以下の6つのケースでは、人事異動を拒否できます。

  • 就業規則などに配転命令の規定がない場合
  • 職務内容(職種)が限定されている場合
  • 勤務地が限定されている場合
  • やむを得ない事業がある場合
  • 不当な理由による人事異動
  • 強行法規違反

それぞれについて解説します。

就業規則などに配転命令の規定がない場合

一般的な会社は始業規則に人事異動(配転命令)に関する規定があります。しかし、詳しく規定を定めていない場合は、人事異動を拒否することが可能です。

就業規則に人事異動に関する規定がなかったとしても、労働者との間に黙示の同意がある場合は拒否できない場合があります。

例えば、会社が長期雇用を前提として採用していた場合、実際に人事異動が広く行われていれば「労働者が黙示の同意をしていた」と認められることがあります。就業規則に人事異動に関する規定がなければ、必ずしも拒否できるわけではないため注意しましょう。

職務内容(職種)が限定されている場合

労働契約書や労働条件通知書で職務内容を限定している場合、それに反する人事異動は認められていません。たとえ、就業規則と内容が異なっていたとしても労働契約法が優先されます。これは労働契約法第7条が適応されるからです。

例えば、営業職として採用されたのに事務職に命じられるなどです。あくまで、職務内容を限定している場合のみですので、注意しましょう。

勤務地が限定されている場合

上記と同様に労働契約書や労働条件通知書で職務内容を限定している場合、それに反する人事異動は認められません。エリア社員や勤務地限定社員などで採用されていた場合、拒否できる可能性が高くなります。

例えば、勤務地限定社員として採用され、京都が勤務地であったのに東京へ人事異動が出た場合は拒否できます。人事異動を拒否したい場合は、労働契約書など見返して契約内容を再度、確かめておきましょう。

やむを得ない事業がある場合

やむを得ない事業として多いのが育児・介護・労働者の健康状態などに関することです。例えば、育児介護休業法第26条では、「労働者を転勤させる場合、育児や介護の状況を配慮しなければならない」と定められています。

また労働契約法第3条3項には、「労働者の仕事と生活の調和に配慮しなければならない」と記載されています。このように労働者の生活状況を配慮しない人事異動であれば、拒否することが可能です。

ただし、人事異動の拒否が認められるかどうかは、会社の判断基準により異なります。また裁判の判例を見ても認められるケースもあれば、認められないケースもありさまざまです。

入社前から介護や育児をしており、勤務地を変更したくない人は事前に申し出ておきましょう。

不当な理由による人事異動

嫌がらせや退職に追い込むためなどが原因で人事異動を命じられて場合、不当な理由として拒否することが可能です。「業務上必要のない人事異動」や「客観的に見ても合理性・相当性」を欠けるような人事異動は、権利の濫用に当てはまります。

例えば、労働者を退職させるために、実務経験の全くない部署へ異動させる、などです。

強行法規違反

次に紹介するような強行法規に違反するものは、人事異動を拒否できます。

労働組合法

労働組合法第7条では、労働組合の加入・結成といった正当な行為や、労働委員会に対して労働組合法違法の申し立てなどで、解雇や不利益な取扱いをすることを禁止しています。

「不利益な取り扱い」に人事異動が含まれるため、違法・無効となる可能性が高いです。

労働基準法

労働基準法第3条では、労働者の国籍や社会的身分などを理由に、賃金や労働時間その他の労働条件について、差別的取扱を禁止しています。

「その他の労働条件」に人事異動が含まれるため、違法・無効となる可能性が高いです。

また同法第104条では、労働者が会社の労働基準法に違反する行為を労働基準監督署などに申し出た場合、これを理由に解雇などの不利益取扱をしてはいけない、と定めています。

労働基準法に違反する行為が見受けられて場合は、労働基準監督署に相談しましょう。

男女雇用機会均等法

男女雇用機会均等法第6条では、労働者の配置、昇進、降格、職種及び雇用形態の変更などにおいて、差別的取扱いを禁止しています。また、同法第9条では、婚姻、妊娠、出産などを理由とする人事異動を禁止しています。

人事異動を拒否したいときの交渉の仕方

人事異動を拒否したいときは、会社と交渉になります。交渉するときは、以下の3点を参考にしてください。

  • 人事異動を拒否したい理由を伝える
  • 人事異動の必要性があるのか説明を求める
  • 解決しない場合は弁護士などに頼る

人事異動を拒否したい理由を伝える

まずは人事異動を拒否したい理由を明確に伝えましょう。会社側も労働者の家庭事業などを、すべて把握しているわけではありません。人事異動を拒否したい理由次第では、人事異動を取り下げてもらえる可能があります。

また結果的に人事異動を拒否できなかったとしても、交通費の補助など何かしらのサポートしてもらえるかもしれません。

人事異動の必要性があるのか説明を求める

そもそも自分が人事異動する必要性があるのか、会社側の説明を求めましょう。場合によっては嫌がらせなど不当な理由で、人事異動が下されている可能性があります。会社側から説明を受けるときは、バレないように録音しておくことをおすすめします。

不当な理由や報復人事の場合は、この録音が訴えるときの証拠として有効です。もちろん、明確な回答を得られない可能性もあります。また、説明を求めたとしても人事異動を拒否できるとは限らないため、注意しましょう。

解決しない場合は弁護士などに頼る

会社からの説明に納得がいかない、客観的に見ても不当に感じる場合は、しっかりとした説明を求めましょう。しかし、会社が話をごまかしたり、対応してもらえなかったりすることもあります。自分では解決できないときは、弁護士や労働基準監督署などに相談してください。

不当な理由による人事異動であれば、弁護士などに相談することで撤回してくれる可能性があります。

人事異動の拒否が問題となった裁判例

人事異動に拒否が問題となった裁判例を3つ紹介します。

勤務地を限定していたことが認められた判例

最初の判例は「新日本通信事件(大阪地方裁判所1997年3月24日付判決)」についてです。

【事件の概要】

  • 大阪に本店を置く会社が仙台支店を開設するために労働者Aを採用
  • 労働者Aが配属されていた部署が廃止されたため、本社(大阪)への人事異動を命令
  • 労働者Aは勤務地が仙台限定される約束で採用されたことを主張し、人事異動を拒否したが大阪へ異動
  • 会社は労働者Aの成績不良を理由に解雇
  • 労働者Aは解雇および大阪への人事異動の無効を訴訟

【判決の概要】

  • 採用面接のときに家庭の事業で仙台以外に転勤できないことが明確に述べられていた
  • 会社側はその条件に快諾
  • 会社側は転勤がありうることを労働者Aに伝えていない
  • 勤務地限定の合意に反するものとし、異動命令を無効とした
  • なお、解雇についても解雇権の濫用とし、無効とした

上記の判例のように、採用時に勤務地域を限定し、会社が合意していれば人事異動を拒否することが可能です。

異動命令が権利の濫用と認められた判例

2つ目の判例は「明治図書出版事件(東京地方裁判所2002年12月27日付決定)」についてです。

【事件の概要】

  • 会社は就業規則に「業務上、必要のある場合に従業員に異動を命ずる」「従業員は正当な理由がない場合、この異動命令を拒否できない」ことを規定している
  • 会社は大阪支社の増員のために労働者Bを含む3名に異動命令を下す
  • 労働者Bは「①共働きの妻がいる」「②2人の子どもが重度のアトピー性皮膚炎で東京都内の治療院に通院している」「③将来的に両親の介護が必要」の3つを理由に人事異動を拒否

【判決の概要】

  • 会社が労働者Bを異動の対象にしたことは合理的であり、異動命令が業務上、必要であることと認められる
  • 労働者Bが異動を拒む態度を示している場合は、育児介護休業法第26条においても「配慮」が必要であり、会社側は育児の負担を回避する方策などを検討しなければならない
  • 会社側は労働者Bに対して一方的に異動命令を押し付ける態度をしており、育児介護休業法第26条の趣旨に反している
  • 大阪支社は人員不足であったが、必ずしも3名の補充が必要ではない
  • これらの理由を総合的に考え、異動命令は権利の濫用として無効である

上記の判例のように、育児や介護などの状況によっては人事異動を拒否することが可能です。

人事異動を拒否したが認められなかった判例

最後の判例は「ケンウッド事件(東京地方裁判所1995年9月28日付決定)」についてです。

【事件の概要】

  • 労働者Cは東京目黒区の事務所で仕事に従事していた
  • 会社は八王子事務所の人員補充のために労働者Cを選定し、異動命令を下す
  • 労働者Cは「長男の保育園送迎ができなくなる」「家庭生活も破壊される」といった理由で人事異動を拒否
  • 会社は労働者Cを停職したのちに懲戒解雇とした

【判決の概要】

  • 会社の就業規則に「業務上、必要のある場合に従業員に異動を命ずる」「異動命令は転勤を伴う」ことを規定している
  • 会社は実際に従業員を異動している
  • 会社と労働者Cとの労働契約において勤務場所を限定する合意がなされていない
  • 会社の異動命令は正当な基準に沿っており、業務上の必要性がある
  • 労働者Cが負う不利益は必ずしも小さくはないが、通常甘受すべき程度を超えているとはいえない
  • これらを総合的に考えても、権利を濫用しているとはいえない

上記の判例でも、やむを得ない事業を理由に人事異動を拒否していますが、認められませんでした。

参照元:厚生労働省「転勤に関する裁判例」

人事異動の拒否に関するよくある質問

人事異動の拒否に関するよくある質問は、以下の通りです。

  • パートやアルバイトであれば人事異動を拒否できる?
  • 人事異動を拒否したら懲戒解雇になるの?
  • 人事異動を拒否するときの理由に「うつ」や「病気」は使える?

それぞれについて解説します。

パートやアルバイトであれば人事異動を拒否できる?

パートやアルバイトであっても、労働契約書や雇用契約書に人事異動についての規定が定められている場合は、拒否できません。正社員と比べればパートやアルバイトが人事異動になるケースは、多くありません。

しかし、状況によっては近隣店舗へ異動になることもあるので、異動したくない人は事前に伝えておきましょう。

人事異動を拒否したら懲戒解雇になるの?

人事異動を拒否した場合、懲戒解雇になる可能性があります。ただし、懲戒解雇が認められるかどうかは、人事権の濫用に当たるかどうかで決まります。不当な理由による懲戒解雇は、人事権の濫用に当たりますので、裁判で無効なる可能性が高いでしょう。

人事異動を拒否するときの理由に「うつ病」や「病気」は使える?

うつ病や単なる病気だけでは、人事異動を拒否する理由に値しません。ただし、治療のために通院が必要であったり、医師の診断書があったり、症状が重度であったりする場合は、これらを理由に人事異動を拒否できます。

具体的にこの症状であれば拒否できるといった定義がないため、ケースバイケースです。自分で判断が難しい場合は、労働組合や弁護士などの相談窓口を利用しましょう。

まとめ

人事異動は原則拒否できません。しかし、「職種や勤務地が限定されている場合」や「やむを得ない事業」がある場合は、認められることもあります。介護や育児、病気なども状況によって認められるか異なるため、判例などを参考に自分の状況と比較してみましょう。

または、労働組合や弁護士などに相談すれば、的確なアドバイスがもらえるためおすすめします。

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